まだ私が20歳の若かりし時でした。その当時、友達だった主人は「二玄社」がから出版されていた「カーグラフィック」の大ファンでした。というのも、編集長の「小林彰太郎さん」の熱狂的なファンだったのです。 たまたま、知人が小林さんの家のお隣という幸せな環境だったため、毎週日曜日になると、同じ考えを持った車好きの友達が集まって、朝から晩まで色々な車で集まったり、話したり、修理したりをしながら過ごしていました。 同じ趣味をもった若者が、夜になると集まってきては、朝まで一冊のカーグラフィックについて語り合うのです。車の歴史、F1のレース(その当時はジム・クラークが英雄でした)について……話は次から次へと尽きません。車に興味のなかった私も、なんとなくそんな世界に引き寄せられていました。 小林さんはきれいなスカイブルーの「ライレー」という車に乗っていました。そして彼は「車は走らなければ車ではない」という考えを持っていました。そんな彼の考え方に惹かれて、いろんなクラシックカーのミーティングにも参加したりしました。とにかく行動に移さねば気が済まない人たちなんです。 小林彰太郎さんの影響はとても大きかったように思います。例えば、今では笑い話になっていますが、彼が「車の運転をするときはグローブはレス・レストン」と言うと、次の日は全員が「レス・レストン」をはめて運転をしているのです。そして普段はグローブをしていないと言うと、翌日は誰もグローブをせずに車の運転をしているのです。 最近、「小林さんと知り合うことで、車を文化として感じられる幸せな人生を送ってきた」といったお話をご本人としました。まず歴史を知り、デザインを知り、レースを知ることで、本当に奥深い世界を感じることができたんです。 小林彰太郎さんは、車の素晴らしさを多くの若者に伝えてきています。そして小林さんが啓蒙した人が日本中にたくさんいて、その人たちもまた、車の素晴らしさを次の世代に伝えています。 こんな青春を私は過ごしてきました。こういったことは、ワインでも同じなんじゃないかなと考えていました。
私はワインに出会ってから十数年たちます。最初に出会ったのはドイツワインでした。酒屋に嫁いだので、最初は面白くてドイツワインばかり売っていました。
考えてみればその通りで、その一言で私はフランスワインの勉強をはじめたのです。そして、車と同じようにワインの世界の奥の深さを知っていくことになったのです。 そしてまた、車の時と同じように、ワインを通しての「人の輪」がどんどん増えてきました。集まった情報を、どうしたら多くの人に発信できるかと考えて、ワインスクールを始めました。そしてさらにその気持ちがふくらんで、ネットを通してさらに多くの人に情報を発信したいと思ったんです。 今回、同じような考えを持った人が集まってくれることによって、その想いが実現できました。一人より二人、二人より三人といったふうに、多くの人が集まれば集まるほど、多くの情報もまた集まってきます。 そんな形で、ワインの文化、楽しさ全てを伝えていければと思っています。そしてスタッフとお客様の区別なく、同じ仲間としてその楽しさを共有できる空間を提供したいと思っています。 この仕事の準備に、ちょうど1年かかりました。私はこの一年でいろんな勉強をしました。そしてここまでくるのに様々な苦労もありました。 もちろんワインもそうですが、ワインのこと以外のたくさんのことを学びました。この一年は私にとって10年分くらいの収穫があったような気がします。私はさらに仕事が面白くなってしまいました。 車からワインへ。私はこの第2の青春を楽しみながら、皆さんと共にワインの楽しさを分かち合っていければいいなあ。そう考えています。 まだまだ不慣れなことばかりですが、これから、イーエックス・ワインをどうぞよろしくお願いいたします。 私たちも精一杯、頑張っていきたいと思います。
|